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レーザー虹彩切開術後に発症する水疱性角膜症

原発閉塞隅角緑内障の急性発作は、怖い病気で、発症後すぐに瞳孔ブロックを解除しなければ、失明に至る可能性が高い疾患です。ただ、本当に怖いのは?、この慢性型ともいえる形態で、瞳孔ブロックが原因の周辺虹彩前癒着が徐々に進行し、眼圧上昇、視神経障害、視野欠損へと進むタイプの方でしょうか。これは原発開放隅角緑内障同様に自覚症状に乏しく、手遅れになりやすい。(残念ながら、誤診もしばしばです・・・。)
原発閉塞隅角緑内障には、この二つタイプがあり(中間的なものもあるが・・・)、共に出発は、相対的瞳孔ブロックという機序であり、この段階では、全く視機能に問題ありません(視力・視野・眼圧・視神経所見全て正常)。もし、安全確実に、この瞳孔ブロックを取り除くことができれば、原発閉塞隅角緑内障は、完全に葬り去ることが可能です。
かつて、瞳孔ブロックを取り除く手段は、観血的治療:周辺虹彩切除術しかなく、手術対象は、発作を起こした眼か、かなり進行した原発閉塞隅角緑内障の慢性型だったと思います。レーザーの登場によって、レーザー虹彩切開術が普及するようになり、原発閉塞隅角緑内障が予防可能となりました。これによって、放置すれば緑内障で大きく視機能を損なう可能性のあった多くの眼を救ったことは間違いないと思うのですが、ここにひとつ落とし穴がありました。
レーザー虹彩切開術後、角膜が白く濁ることがあるのです。私も、大学時代、1眼経験しました。何年も前に、レーザー虹彩切開術が行われていた眼で、その後の経過を見ていたのですが、角膜が下方から徐々に白くなってきました。最初いったい何が起こったのかわからなかった、最後には、全面的に白くなり、所謂『水疱性角膜症』になったのです。15年以上前のことで、当時、何故、このような事態になったのか解らなかったのですが、後に、症例が数多く報告され、実は、レーザー虹彩切開術後、角膜内皮細胞が減少し、水疱性角膜症になることがあると解ったのです。その後、我々は、レーザー虹彩切開術の適応に慎重になりました。術前に角膜内皮をスペキュラーマイクロスコープでチェックするようにもなりました。特に、角膜内皮疾患があったり、緑内障発作眼においては、既に角膜内皮が強く障害されている場合があり、レーザー虹彩切開術よりも、内皮に優しい観血的手術の方が選択されるべきとも考えるようになりました。
ただ、このレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症については、いくつかの謎があり、まだ完全には解明されていません。例えば、緑内障発作がすぐに緩解されなくて、内皮の状態が悪く、レーザー虹彩切開術で非常に大きなエネルギーを必要とした場合に、後に水疱性角膜症が発症したのなら容易に理解できるが、全くサイレントな眼で、角膜内皮も問題なかったと思われる眼に、予防的に行われた後にも発症するとの報告が見られるようになりました。これは、大きな謎です。今回、角膜カンファレンスで、この謎に挑むシンポジウムがあったので報告します。謎のポイントは、

1、日本人に多い。欧米では殆ど知られていない。
2、レーザー虹彩切開術から発症まで何年もかかることがある。
3、通常レーザー虹彩切開術は、上方に行うが、水疱性角膜症は下方か起こることがある。
などでしょうか。

1、愛媛大の宇野先生
 房水ジェット噴流説:レーザー虹彩切開術の孔からの房水ジェット噴流が内皮を蝕む
 前房内の房水の流れは、角膜内面を下方へ0.18mm/s 、虹彩前面を上方へ 0.068mm/s 程度で、レーザー虹彩切開術を行うと、その孔から初速 45mm/s 平均3.3mm/s のジェット噴流が角膜内皮に向かって噴出している。通常の200倍以上の速度です。また、その速度は、レーザー虹彩切開術の孔が小さいほど速くなるそうです。彼らの言葉によると、この荒れ狂う異常な房水動態が水疱性角膜症の発症に大きく関わっているという。
 ちょっと計算してみると、この45mm/s というスピードだが、時速0.16km程度で、これでジェットと言えるかどうか・・・

2、独協医大の妹尾先生:レーザー虹彩切開術後の前房内温度及び活性酸素の変化について
Argon laser を、Size 100μm、Power 1000mW, Time 0.05sec で、500発打つと、
前房内循環状態で     11.64±0.35℃ 上昇
前房内循環停止状態で、 21.78±0.96℃ 上昇
 ただ、レーザー虹彩切開術部位から離れると殆ど温度変化はない。
ヤグで行うと、どの部位でも温度変化なし。
だから、Argon でやると水疱性角膜症が起こる??。 ただ、かつて眼科で一般的だった温罨法で、この程度の温度上昇は起こっていて、全く問題ないことが証明されているのである。

3、筑波大の加治先生:
角膜内皮創傷治癒説―終わりのない角膜内皮創傷治癒が水疱性角膜症へとつながる

 難しい数式を操る先生ですが、要点は、

レーザー虹彩切開術の孔からの噴流が角膜内皮面へぶつかり、その噴流は角膜内面を下方へ向かう。この内面に与える圧力は、大きくても0.007mmHg。これは僅かな値だが、下方へ向かう水の流れが(??)、内皮細胞を引き剥がす力剪断応力は、0.1~1dynes/cm2。この値というのは、角膜内皮が健常であれば、問題ないが、レーザーによって 大きめのthermal burn があって、内皮がある程度以上広範囲に脱落し、周囲の内皮が遊走するという治癒機転が働くと、その接着不良な内皮は、高まった剪断応力に引き剥がされる。すると、遊走・剥離というサイクルが繰り返され、内皮減少は終わらない・・・・?
 一番説得力のありそうな意見であった。レーザー虹彩切開術の孔、ジェット噴流、高まる剪断応力、これにレーザーによる直接の内皮損傷がある程度以上加わると(あるいはその時点で存在する内皮障害の程度)、遊走・剥離のサイクルが動き出す・・・。

4、東大の山下先生:マクロファージ説

 レーザー虹彩切開術によって、焼かれた虹彩組織が前房内を飛び散り、角膜内面に付着する。
レーザー虹彩切開術によって、虹彩の血管透過性が亢進し、マクロファージが遊走
このマクロファージは、アルゴンで焼かれた虹彩組織断片を貪食。引き続き、角膜内皮を貪食する??
 少し説得力に乏しい意見のような・・・


私としては、筑波大の加治先生の説に軍配を上げたいが、ただ、適切に行われたレーザー虹彩切開術において、どれくらいの頻度で、水疱性角膜症が発症しているのだろうか。角膜専門医の立場とすれば、角膜移殖の対象疾患の中に占める、レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の比率が高いので、このようなシンポジウムとなったのだろうが、ただ、頻度的には、非常に低い訳で、この低い発生率をも説明できるような議論ではなかったようが気がする・・・。私は、今までどおり、慎重に適応を決めて、ぽつぽつとは、レーザー虹彩切開術しようと思っています。
by takkenm3 | 2006-02-27 13:38 | 医療情報(緑内障)
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